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「ランナーズ創刊物語(5)」最初の広告は「アシックスのスパイク」

2021年4月28日

創刊号の表紙(左)と、アシックス広告の裏表紙(右)

創刊号の表紙(左)と、アシックス広告の裏表紙(右)


「ランナーズ」の創刊号は32ページと前回書きました。カラーは表紙と裏表紙(業界用語で表4といいます。当時も今も、広告を入れるページであり、しかも当該雑誌の中では最も高いお金をいただくことが多い)だけ。表紙は微笑ましい親子ランニングでしたが(橋本撮影)、表4はなんと「スパイク」です。創刊前に知己を得ていたアシックス(当時の社名はオニツカタイガー)のかたにお願いして、1本のみ広告原稿をいただくことができたのですが、あいにく(?)スパイクの原稿しかなかったため、「健康ランニング」を謳った創刊号の裏表紙がスパイクだったという、忘れられない思い出があります。ちなみに、創刊2号目の表4はオニツカの健康ランニング用シューズ、表紙の裏(表2と業界用語ではいいます)はヒットユニオンというアパレルメーカーでした。

ノンキに年間10冊発売として(ホノルルマラソンに取材がてら遊びに行ったりもした)いたのが、ライバル誌が出るとなるとそうはいきません。月刊を決めると同時に取次店と交渉して取引が開始されました。当時の有名スポーツ出版社が同類のランニング雑誌を発行するとなると、渋い(?)取次店も見直してくれたのか、取引が開始されました。ただ、お金に余裕のない当時、取次店から入金があるのは6カ月後だったため、いわゆる「資金繰り」に苦労はしました。少なくとも印刷費は翌月末には振り込まねばならなかったのです。ただ、ここでも大事にしていた「定期購読」は読者の方から前金で1年分(半年契約の方もいましたが)払い込まれましたので、大変有難かったです。
そして翌年、「ランナーズ」誌上で呼び掛けて組んだのが「ホノルルマラソンツアー」でした。


プロフィール

自己ベストを出した1987年ウイーンマラソン
自己ベストを出した1987年ウイーンマラソン

下条由紀子(しもじょう・ゆきこ)
株式会社アールビーズ取締役副社長、月刊ランナーズ編集局長。
フルマラソンは完走150回、自己ベスト3時間02分31秒(1987年オーストリア・ウイーン)。
ランナーズ創刊後の1976年12月に第4回ホノルルマラソンを出走、翌年からランナーズホノルルマラソンツアーを開始。1979年の第1回東京国際女子マラソンの参加者告知に関わり、自身も同大会に出場。著書に『ベストジョギング―走る楽しさ生きる歓び (新潮文庫) 』。
※今後のコラムで「ホノルルマラソン」「東京国際女子マラソン」を取り上げます。




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