50周年

この度、ランナーズは、
来る2025年12月1日に創刊50周年を迎えました。

こうして皆様に50周年という大きな節目を迎えることができますのも、
ひとえに読者の皆様の温かいご支援の賜物と、
編集部一同、心より感謝申し上げます。

これまでのランナーズにご登場いただいた皆様、
制作に携わってくださった皆様から
たくさんのメッセージが寄せられましたので掲載させていただきます。

メッセージMessage

伊藤 静夫様

2024年パリオリンピックでは、とくにボクシング競技の女性競技者についての性別判定をめぐり、激しい議論が交わされました。2025年4月、イギリスの最高裁は平等法における「女性」の法的定義を生物学的性別に基づくべき、と明確な判断を示しました。そして世界陸連(WA)は、女性競技者の参加資格をこれまでのテストステロン(男性ホルモン)値での判定から、急転直下、DNA検査によって性別を判断するという新たな規定に変更しました。そして、その新規定を2025年東京世界陸上において初めて施行することとなりました。
世界陸上では特段の大きなトラブルはなかったようですが、事実上、この新規定はDSD(性分化疾患)競技者あるいはトランスジェンダー競技者をエリート競技から完全に排除することになります。 ただし、WAは性の多様性を無視したり軽視したりするものではなく、エリートレベルの女性競技の公平性を確保するため(やむなく)生物学性別判定を導入した旨を強調します。したがってこの新規定の対象者は、エリート競技者、対象競技会はオリンピックや世界選手権のようなエリート競技会に限定しています。そして重要なことは、性の多様性、包摂性(インクルージョン)、あるいは女性のスポーツ参加の促進を担うのは、NF(国内競技団体)であるという姿勢を(勝手に)鮮明にしたのでした。

WAのエリート陸上とNFのウェルネス陸上を相携えて振興するというデュアルモデルが、今始まったところです。実は、東京マラソンでは2024年からノンバイナリー部門(男女以外の性自認)の参加枠を新設し、また2025年の東京レガシーハーフマラソンでは定員15,000人に対し女性先行抽選枠5,000人を確保しました。もちろん、東京マラソン、東京レガシーハーフマラソンには世界のエリートランナーがこぞって参加します。このように、幅広い人々を取り込んだデュアルモデルはわが国においてもすでに大きなうねりとなって始まっています。
WAが下した歴史的裁断は今のところ大きな話題にはなっていないようですが、今後国内外のスポーツ普及振興のうえで大きな意味を持ってくることは間違いありません。むろん、課題満載です。それでも、ランニング文化の振興に尽力してきた『月刊ランナーズ』としては、ぜひ折に触れてこのテーマを取りあげてほしいと願います。

大久保 淳一様

すべてに言えることですが、長く続けることは絶対的な価値があります。貴社の50年の節目に思いますが、『月刊ランナーズ』の功績はとても大きいです。
ランニングにテクノロジーを導入し、この国にランニング文化を広め、多くのランナーを育ててきました。私もランナーズ誌に育てられたひとりです。
長く続けていただき、ありがとうございます。

今後は「いま試練と向き合っているランナー」をときどき紹介してください。
自身を振り返ると、ランニングは、ケガ・故障・病気、そして老いとの闘いです。ランニングをしていると、良いときばかりではなく、必ず谷底を這うような辛く苦しい時期があります。
『月刊ランナーズ』では、ときどき病気・ケガを乗り越えた人たちの勇気づけられる記事が掲載されますが、治療・リハビリの渦中にある患者は「いい話だが、今の自分には想像できないような遠大な結果だ」ととらえてしまうこともあります。精神的に苦しい治療期・リハビリ期・老い期、にありながら「まだ、何もあきらめていない」人たちを紹介していただえると「あの人も頑張っているんだから、自分も頑張ろう」という精神的支柱になり得ると思うのです。

※いちばんの理由は、私がそういう人の記事を読みたいのです。
※そういうランナーを探すのは大変でしょうけど、昔一花咲かせたランナーのなかには、今もがいている人がきっといると思います。

結果は出していないけど、「もがき中」の高齢ランナーの話は、とくに60歳を過ぎて老いや病気に向き合っている読者たちに読まれると思いますよ。

桜美林大学

山本 正彦様

50周年、おめでとうございます。
ランナーズという雑誌、御社の歩みが積み上げた半世紀は、走る世界のオピニオンリーダーとして大きな影響を世に与えてきました。多くのランナーはそのリーダーを意識して、意識するほど走ることに傾倒していきました(私も、そのひとり!)。

私が『月刊ランナーズ』を手にしたのは、なんと中学3年生の時です。走るのがいくらか得意であった少年は、本屋で目にするのは陸上競技マガジンや月間陸上競技でした。ところが、偶然通りかかった横浜駅のバギオスポーツ(当時存在したスポーツ店)で、平積みされたランナーズを手にしてしまったのです。内容にはアイシング? リディアード? 無知な中学生には魅力的で、面白い世界が広がっていました。橋本治郎前社長に伺うと、手売りをしていた頃だったとお聞きしました。当時は隔月間での販売だったと思います。2カ月先が待ち遠しく、発売日にはむさぼり読んだものです。そのランナーズに、やがて自身が関わることなど少年には想像できませんでした。

ランナーズに原稿を書き始めたころ、私が書いたのは恥ずかしさ満載の拙い文章でした。下条由紀子元編集長から直接朱を入れていただき、加えてさまざまなところでご指導・ご指南を受けることができました。とても厳しくも温かなご助言で、今の私に活きております。
やがて原稿の登場が多くなり、よく編集部の取材を受けたのが(当時私が勤めた大学のある)神奈川県厚木です。私もずるく、約束は午後にして、必ず「シューズ持ってきて」と伝えます。取材が終わると、編集部員と眼前に広がる山に走りに行き、その後ビールを飲む……。走りながらいろいろなことを語り、ビールを片手に走る未来を想像し、ランニングワールドにどっぷりと浸かった、至福の時間でした。のちに編集部員に聞くと、それを「厚木詣(もうで)」と言っていたそうです。当時若かりし黒崎社長や行場編集長がいて、お名前を書ききれないほどたくさんの方たちと交流しました。

今は、本が売れない時代と言われています。それでも、雑誌を手にしてページをめくる。デジタルな媒体ではなく紙の媒体が存在する意味が、確かにあるのです。“月刊ランナーズ”、そして“アールビーズ社”には、走ることを含めたDo スポーツで人が幸せになることを伝えて続けてほしいと願っています。雑誌、イベント、他にもたくさん、御社がやるべきことがあるに違いありません(僭越な物言い、お許しください)。
次の50年、新たなランニングシーンの創出を期待しております。

弓削田 眞理子様

思えば今から40数年前、大学で中距離をやっていたころ。陸上部の先輩が、こういうランニングの雑誌があるんだよ、と『月刊ランナーズ』を私に見せてくれたのが最初の出会いでした。市民ランナーさんがほとんどいないあのころ、こういう雑誌があることに妙に感動しました。
その後、ひとりでマラソンを続けて行くなかで、練習方法等、まっくわからないとき、私にとってランナーズはバイブルでした。片時も離れることなく読み続けました。とくに結婚後、ひとり目を12月に産んだ時、出産後一年でマラソンを完走した女性ランナーさんの記事が載っていたのは印象的です。私も彼女を模範にして練習を積み、それから11カ月後の「河口湖マラソン」(現:富士山マラソン)を3時間30分で完走しました。今から40年ぐらい前の記事でした。
また、今から20数年前の40代のころは、雑誌の末尾に掲載されていた全国のマラソン大会開催についてのページを見るのが大好きでした。どこの大会に出ようか考えながら、大会要項を主催者から送ってもらって、そこに付いている郵便振替用紙を切り取って、郵便局に持っていったものでした。あのページのおかげで、たくさんの大会に出ました。

大会とは、某ランナーさんと同じで、私もレースが練習、そして最高の癒しの時間、ストレス解消の時間でした。さらにもうひとつ、市民ランナーにとって、ランナーズ賞は最高の賞です!! 私もこの賞がもらいたい!!と、この賞ができた時から、何十年も思い続けていました。そして、年齢別の世界記録を出して、一昨年に栄えあるランナーズ賞をいただくことができました。まさに、ランナーズとともに、私のランニング人生があったと言えます。