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ランナーズ賞

2018 RUNNERS AWARD 第31回ランナーズ賞

2018年 第31回ランナーズ賞受賞者

市民ランニングの普及、発展に貢献した人物、団体などを表彰する第31回ランナーズ賞の授賞者が決定しました。
1988年に第1回のランナーズ賞授賞者を称えて以来、今回までで101の個人、団体が授賞。今回は、小島靖子さん、伊藤和雄さん、伊藤明さんの3姉弟、山崎常行さん、大久保淳一さんが「ランナーズ賞」に輝きました。


受賞者

3人揃って全日本マラソンランキングトップ10 「3人で走っていると年齢を感じません」

小島靖子さん(77歳・東京)、伊藤和雄さん(73歳・長野)、伊藤明さん(70歳・神奈川)
左から伊藤明さん、小島靖子さん、伊藤和雄さん

小島靖子さん(77歳・東京)、伊藤和雄さん(73歳・長野)、伊藤明さん(70歳・神奈川)

昨年度の全日本マラソンランキングで、長女、小島靖子さん3位、長男、伊藤和雄さん9位、次男、明さん7位と姉弟全員がトップ10入りを果たした。
走り始めたのは全員、50歳を過ぎてから。靖子さんは、「最初に走り出した明の応援で2002年のホノルルマラソンを見に行ったら意欲が湧いて、61歳から走り出しました。翌年のホノルルは自分もエントリーし、どうせならと和雄も誘い、私の夫も含めた4人で出走。とても楽しくて、4人で10年間出場を続けました」
2011年のホノルルでは、3人の合計タイムで競う団体レースで、「男女混合・合計150歳以上の部1位」に輝いた。「その時は3人の合計が199歳でした。レース翌日、団体の優勝が分かった瞬間は3人とも『やった!』と喜びました」と和雄さん。
東京・長野・神奈川に離れて暮らすが、年1回は同じレースに出走するのが恒例。明さんは、「全員が病気やケガを経験しているけれど、走るのをやめようと思ったことはありません。3人揃って走っていると年齢を感じないんですよ」と話す。今後の目標は、靖子さんが80歳までフルマラソン完走、和雄さんが喜寿でサブフォー達成、明さんが160kmのトレイルレース「UTMB」の完走だ。

こじま・やすこ
2003年のホノルルを初マラソン7時間48分で完走。自己ベストは4時間28分(2012年ホノルル)。昨年度のマラソンランキングは4時間55分18秒(しまだ大井川)で3位。

いとう・かずお
早期退職後に長野県上田市へ移住。自己ベストは3時間23分(2010年つくば)。昨年度のマラソンランキングは3時間43分26秒(古河はなもも)で9位。

いとう・あきら
51歳からランニングを再開。トレイルランにも取り組む。自己ベストは3時間4分(2010年つくば)。昨年度のマラソンランキングは3時間22分21秒(つくば)で7位。


1位を目指し続ける永遠の挑戦者 「“悔しい”という気持ちが湧く限り、走ります」

山崎常行さん(78歳・福岡)

山崎常行さん(78歳・福岡)

〝分子集団遺伝学〟を専門とする研究者としての人生を歩み、ランニングを始めたのは朝から晩まで研究に明け暮れ体調の悪化を感じていたという46歳の時。200mのリレーに出場し「体力がなさすぎる」と感じたことがキッカケだ。
2回目のレースは「タートルマラソン大会」の10kmでビリから2番目。「このままではまずい」と、月間300km程度の走り込みを開始し、マラソン(防府)で2時間52分11秒をマーク。48歳の時に別大マラソンで出した2時間43分57秒が同年から始まった「全国フルマラソン・ランキング」48歳の部1位という結果になった。「昔から負けず嫌いで競争になると燃える性格でした。『1番になりたい』という気持ちをモチベーションに走っていることは当時から今まで一切変わっていません」
自身でカウントする範囲で「フルマラソンランキング年齢別1位」を13回達成している。「ここ数年は顕著な体力低下を実感せざるを得ません。それでも若者に交じって走るのは面白いし、負けて〝悔しい〟という気持ちが湧く限り走り続けようと思っています」
今年7月に出場した富士登山競走(結果は五合目関門で打ち切り)では「選手宣誓」の大役を担い、こんなキャッチフレーズを結びの言葉にしたという。「永遠の挑戦者・山崎常行」

やまざき・つねゆき
九州大学名誉教授。京都大学農学部卒業後に渡米し、シカゴ大学で博士号を取得。国立遺伝学研究所などを経て、36歳から九州大学で研究を開始。マラソンの過去最高記録は1993年の防府マラソンで出した2時間37分40秒。富士登山競走は59~66歳の時に7 回、サロマ湖100kmウルトラマラソンは52~73歳の間に計15回完走。1940年生まれ、東京都出身。


生存率20%の大病を乗り越えサロマンブルー 「がんが、挑戦することを更に楽しくさせてくれました」

大久保淳一さん(54歳・東京)

大久保淳一さん(54歳・東京)

「精巣にがんがあります」2007年5月、42歳の時に予期せぬがん宣告を受けた。「月間250km走り、健康には自信があったのになぜ。告知された瞬間は、深海の底に沈んでいくような気持ちでした」
翌週の手術は成功したが、術後の病理検査で、腹部、肺、首への転移が発覚。さらに抗がん剤による合併症によって間質性肺炎を発症し悪化、医師から告げられた生存率はがんと併せて20%。そんな時に、気力をつなぎとめてくれたのは、病室に貼られた、過去に4度完走した大会「サロマ湖100kmウルトラマラソン」のポスターだった。「闘病のゴールはここだ。100kmを完走できれば、全て上手くいくと、自分に言い聞かせました」
生命の危機を脱し、在宅治療に移行したのが、2008年1月。そして2013年に満を持してサロマ湖100kmに出場。12時間39分40秒で完走を果たした。「友人から送られてきた祝福のメールを見たときは、涙が溢れてきました」
以降も毎年完走し続け、2018年には10回目の完走、サロマンブルーメンバーに加わった。「がんになって身体は0状態まで落ちましたが、挑戦する楽しさに改めて気付きました。日々の成長を感じられる瞬間がとても楽しいです。次はサハラ砂漠の250kmレースに挑戦します!」


おおくぼ・じゅんいち
NPO法人「5years」代表理事。ゴールドマン・サックス証券に勤務していた35歳の時、取引先の部長に誘われ、ランニングを始める。フルマラソンの過去最高記録は、2004年の渡良瀬遊水地マラソンで出した3時間25分56秒。がんからの復帰後のベストは3時間53分43秒(2018年古河はなももマラソン)。家族は夫人と20歳の長女、17歳の長男。1964年生まれ、長野県出身。




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