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RUNNET TRAIL コラム

40分でも効果がある昼休みトレラン

武田 直樹 さん
第11回
大阪府チャレンジ登山大会(2008年・36km)優勝

武田 直樹 さん

マイナス1時間練習

 大阪府チャレンジ登山大会(以降、ダイトレ)は36kmの山岳レースだ。武田直樹さん(当時40歳)は、2008年、初出場ながら3時間27分06秒でゴールし見事に優勝を果たした。
「試合前の目標では、だいたい4時間ぐらいでゴールしたいと思っていました。そこで、この試合に向けては、あえて3時間のトレイルラン練習を行ってきました」
 4時間の目標に対して、なぜ3時間の練習なのか?
「走る時間を1時間短縮することで、走るスピードを上げられるからです。スピードをアップしてトレーニングの質を高められるというわけです」
 実は武田さん、この「マイナス1時間練習」の効果は、すでに実証ずみだった。富士登山競走に6年連続出場し、うち5回、10位以内の入賞を果たしているのは、いずれもこの練習法のおかげだという。
「富士登山競走の私の目標タイムは3時間だったので、2時間練習をよく行いました。練習時間を1時間短縮することで、ペースが上げられ、練習の質を高めると同時に、短時間で切り上げることで、練習による疲れを残さないというメリットもあるんです」
ダラダラ走らず、気持ちを集中して練習できるのもいいという。

2時間55分3秒で5位に入った2007年の富士登山競走

2時間55分3秒で5位に入った2007年の富士登山競走

山や砂浜を活用したトレーニング

 武田さんは1年の目標レースを7月に行われる富士登山競走と12月の福岡国際マラソンの2つにおいている。
「福岡国際が終わると、トレイルランの練習を始めます。最初はもちろん負荷の少ない練習から。家族と六甲山に徒歩で登ることからスタートです」
 本格的にトレイルで走るようになるのは3月の篠山マラソン終了後。週末には、次の参加レースに合わせて、主に六甲山などで、2~3時間のトレイルランを組み込んでいる。
 平日は昼休みの約40分、職場近くの須磨離宮公園のアップダウンを利用して走る。
「時間が短いので上りばかり集中してスピード練習をしたり、下りばかりのコースを組んで脚に負荷をかけてみたりします」
 また時間がとれれば、須磨海岸を走ることもある。砂浜を走ることで、富士登山競走を走るときのイメージトレーニングになるからだ。地面をしっかりグリップできるロードと違って、ホロホロと崩れていく砂地で、いかに素早く走るかを練習するのだ。
「富士山の砂道では蹴って走ることはできませんから、砂に足を置くイメージをつかむための練習です。砂浜で練習した後、ロードに戻って走ってみると、普段、いかにキック力を使った走りになっているかに気づかされます」
 足を前に置くという感覚は、富士山に限らず、トレイルでは全般的に大切だという。
 週に1度は自宅で筋力トレーニング。腹筋200回、背筋200回、腕立て伏せ50回×3セットが基本だ。
「補強のためですが、毎週同じトレーニングを行うことで、身体の状況を確認する意味もあります」
 練習量が少ないと、この筋力トレーニングが途端に苦痛に感じてしまう。逆に、走り込みができていると楽にこなせるようになる。
 レースの2カ月ほど前に、スポーツ内科医で血液検査を受けることにしている。以前、走り過ぎて腎臓疾患を患い、2週間の治療が必要となってしまったことがある。
「血液検査の結果を、しっかり踏まえて食事や練習を決めていきます。貧血が出ているときには鉄剤ですぐに対応しますし、タンパク質が足りなければ、ペプチドを処方してもらうこともあります。神戸には全国的にも珍しいスポーツ内科医の先生がいて、スポーツ医学の立場から栄養面やサプリメントなどを指導いただいています」

 社内駅伝大会の様子(先頭中央が武田さん)。ロードレースにも積極的に参加

社内駅伝大会の様子(先頭中央が武田さん)。ロードレースにも積極的に参加

半月板損傷がきっかけでトレランへ

 武田さんがトレイルを走るようになったのは、ひざの故障がきっかけだった。高等専門学校時代、陸上同好会に所属していた武田さんは、4年生のある日、ヒザを半月板損傷してしまう。
 1年後、痛みが治まって再び走り始め、初フルマラソンに挑戦したものの、結局ひざの痛みで途中棄権。さらに、20歳で民間企業に就職すると、多忙で走ることはますます遠のいていった。
 武田さんが再び走るようになったのは、社会人4年目に公務員となり、役所勤めになって、時間に少し余裕ができたことがきっかけだ。ただし、このときも自宅近くのロードをゆっくり走り始めた途端、ひざが悲鳴を上げた。
「舗装路は、私のひざには負担が大きいということがやっと分かりました。そこでひざに優しい地道のコースを走ることにしたのです」
 最初は、自宅近くの小さな山をゆっくり走るくらいだったが、効果はてきめん。ロードを走るたびに悩まされたひざの痛みは、まったく出なくなった。そのうち体重も減りはじめた。
「面白いもので、こうなってくるとロードのタイムも短縮してくるんです。山で走る効果を実感しました」
トレイルでのトレーニングを続け、ロードレースに出ると記録はおもしろいように短縮していった。そして、富士登山競走。
「富士山を目指すようになってからは人と争うとか自分と戦うといった気持ちはなくなりました。山を走らせてもらう感謝の気持ちで走る。そのために一生懸命に練習に取り組む。今の僕があるのはその気持ちがあるからだと思います」

※『1冊まるごとトレイルランvol.2』(2008年8月21日)掲載のものをそのまま転載しています

2008年富士登山競走は3時間7分53秒で19位だった

2008年富士登山競走は3時間7分53秒で19位だった

武田 直樹 さん

武田 直樹(たけだ・なおき)


1968年生まれ。富士登山競走では、2005年9位、2006年3位、2007年5位と、コンスタントに上位に入っている。2006年福岡国際マラソンでは2時間42分50秒。2009年にはミニトレランイベント「須磨アルプスファントレイル」の立ち上げから企画運営に携わる。
取材・文/高原昌彦
写真/松岡幸一、本誌編集部、本人提供
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