1997 RUNNERS AWARD 第10回ランナーズ賞

1997年 第10回ランナーズ賞受賞者
1997年 第10回ランナーズ賞受賞者

柳川春巳さんおよび伴走者
比嘉貞男さん
牛久走友会

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 1997年は日本経済が苦悶する中で明け暮れした1年でした。明るい話題の少ない年でしたが、スポーツの分野では、元気づけられるような日本選手の活躍がいくつか見られました。その一つが世界選手権女子マラソンの鈴木博美選手他の快走だったことは、異論がないところでしょう。
 それらに勇気づけられててか、また国民の間での健康意識の高まりの結果か、ランニングもさらに市民生活の中に広く浸透し、普及していった年でもありました。ランニングブームの再来を言う声もあります。
 ランナーズ賞も10回を迎え、走る世界において、その存在を認めていただきつつあります。この節目にその役割の重要性を認識し、また初心に立ち返るつもりで数多くのランナー、そして彼らを支えている人たちと、さらに次の10年を目指し歩み続けて参ります。



受賞者

柳川春巳さんおよび伴走者
努力と協力で勝ち取ったパラリンピック金メダル
柳川春巳さんおよび伴走者

1956年生まれ。小児縁内障のため7歳で視力を失う。92年、バルセロナ・パラリンピックに出場し、市民ランナーの飯盛清彦さんの伴走でマラソン全盲の部で6位。96年、アトランタ・パラリンピックでは安田享平さん(新日鉄君津陸上部所属)の伴走により2時間50分56秒で日本最高を更新し、金メダルを獲得、障害者にも感動を与えた。日頃の練習では小学校教諭の船津静哉さんと佐賀大学助教授の佐藤三郎さんの協力が、柳川さんのランニング人生の支えにもなった。鍼灸院を営む傍ら、講演活動も行う。佐賀市在住。

比嘉貞男さん
市民マラソン王国・沖縄のジョギング草創期を支えた功労者
比嘉貞男さん

1917年生まれ。53年、越来村体育協会(現・沖縄市体育協会)創設以来、陸上の選手と監督を兼ね、さまざまな大会に出場して県内の体育振興に貢献する。75年、近所の商店街の人たちにも呼びかけ「コザ走ろう会」(現・沖縄走ろう会)創設。ジョギングおよび健康指導者として、県内の各市町村からジョギング指導を依頼されるようになる。93年、沖縄県内の走友会同士の交流を図るために沖縄県ランナーズクラブ連合会会長に就任。沖縄の体育振興への尽力により、81年、文部大臣賞を受賞した。沖縄市在住。

牛久走友会
大会運営だけでなく、ボランティア活動にも力を入れる
牛久走友会

1979年、会員20名余りで発足、強化部、ジョギング部、ウォーキング部を設ける。ボランティア活動にも積極的で「牛久シティマラソン」では会長である山越喜好さんを中心に、毎年会を挙げてコース案検討・運営協力として参加している。88年からは障害者と健常者が臨時列車をチャーターし、運営から旅行のすべてを企画するボランティア団体「ひまわり号」に実行委員として協力している。87年茨城県知事より地域のスポーツ活動・社会福祉に貢献したとして「ばら賞」を受賞している。

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